釈 徹宗 他人を気にしない

それよりも大切なのは「今ここ」に 集中することです。日本人は昔から、 そのことの大切さを様々な形で伝えて きました。例えば能の「羽衣」という 演目は、身に着けると未来と過去のこ とを考えなくなる天女の羽衣が出てく る話です。また仏教の禅にある「前後 際断」という言葉は、前と後ろ、すな わち未来と過去を断ち切りなさいとい う教えです。仏教の開祖ブッダにも「過 去を追うな、未来を願うな」という言 葉があります。仏教だけでなく、キリ スト教ではイエス・キリストが「明日 のことまで思い悩むな。明日のことは 明日自らが思い悩む」という言葉を残しています。 いずれも、過去と未来を意識する心 の動きをストップさせることが、苦し みを減らすことに有効であると教えて います。過去と未来へ動いていく心を ストップするトレーニングとして、近 年特に有名なのが「マインドフルネス」 です。マインドフルネスはグーグルな どのIT企業が社員研修に取り入れた ことで一気に世界的ブームになりまし たが、もともとは仏教の修行法の一つ である瞑想を、ベトナムの僧侶ティッ ク・ナット・ハンが一般に普及させる 中で考案された身体技法です。 マイン ドフルネスも禅やブッダの言葉と同様 に、あちこちに広がっていく思考の動 きを抑え、「今ここ」に集中すること を目指します。 マインドフルネスがこ れだけ広がりを見せたのは、現代人の 生活がそれだけ「今ここ」に集中する ことが難しい現実にあることを示して いるのかもしれません。

 

PRESIDENT 2023.6.16

 

「おい、主人公」と 自分に声をかけよう

「ダンマパダ」という仏教の初期に成 立した経典に、「他人のしたこと、し なかったことを見るのではなく、自分 のしたこと、しなかったことを見よ」 という言葉があるのですが、それがヒ ントになると思います。私のところに 寄せられるお悩み相談を見ても、多く

の人が「他人の機嫌」に振り回されて、

悩んだり苦しんだりしています。

職場で嫌いな上司が出勤したら「今 日はあの人、機嫌いいかな」「機嫌が 悪そうだから近づかんとこ」といった ように、他人の機嫌を気にしている人 が、想像以上に多いのです。ぜひそう いう悩みを感じている人に知ってほし いのが、「不機嫌は”なったもの勝ち” の、幼児性の表れ」という事実です。 幼児が泣いたりすねたりすると、周り の人は泣きやませようと必死になって ケアしますよね。その経験を重ねて、 幼児の心のままで大人になってしまっ た人は、自分が不機嫌になることで他 人をコントロールできると信じている のです。さらに悪質な人の場合には、 自分がどんなときに不機嫌になるかと

いう「基準」を、あえて不明確にしま す。「昨日は同じことをしても機嫌が よかったのに、今日は機嫌が悪い」と なると、周りの人はその人物に対して どう振る舞えばいいかわかりません。 その結果、さらに気を遣うようになる のですが、それが狙いなのです。

そういうタイプの人が近くにいたら、 絶対にすぐに離れることをお勧めしま す。そういう人物の近くで長い時間を 過ごしていると、自分の人生なのに「自 分が主人公」ではなくなってしまいます。 ずいがん おしょう 昔、瑞巌という和尚さんがいました。 瑞巌は毎朝、「おい、主人公」と自分 に語りかけ、「おまえは他人に振り回 されずに生きているか?」と問いかけ ていたそうです。読者の皆さんも、ぜ

ひ「自分が主人公」の人生を生きてい

るか、瑞巌を真似して自分に語りかけ てみてはいかがでしょうか。

幸せに生きていくのに役立つのが、 「人間関係の煩わしさをあえて引き受 ける」ことではないかと思います。 先 ほど紹介した心理学者のアドラーも、 「共同体感覚」という言葉で、あえて 人間関係の渦中に入ることの大切さを 説いています。 人間関係というのは、 嫌な部分もありますが、それを避けれ ば避けるほど、悩みも深くなり、問題 も解決しないのです。 人間関係にむし 自ら参加して、自分の課題をしっか と引き受けることが、人の幸せにつ ながっていくとアドラーは説きます。 そう考えると、中高年になって「自 分は平凡だ、何者にもなれなかった」 と感じている人は、むしろその平凡さ を武器に、いろんな場に参加してみる とよいのではないでしょうか。それを 私は「縁起の実践」と呼んでいます。趣味のサークルや、近くでやっている 勉強会、ヨガや瞑想などの体験会、 そ 最近は大人の 「寺子屋」のような 場もあちこちにあります。そうやって いろんなコミュニティに重なって所属 してみると、それぞれの場で「違う自 分」が顔を出すことに気づくと思いま す。 50代のビジネスパーソンの自分が、 あるサークルでは子どもらしく振る舞 えたり、別の場では自分の中の女性ら しさに気づいたり、また別の場では老 人になったつもりで考えたり・・・・・・。そ

んなふうに「多様な自分」が一つの体 に重なっているというイメージを持つ とても生きるのが楽になると思う のです。しばらく続けてみて、どうし ても 「合わないな」と感じるコミュニ ティがあれば、無理せず離れても大丈 夫です(空の実践)。

私はずっと高齢者介護の仕事にも携 わってきましたが、介護の現場で最も 手がかかるのが、「自分はこういう人 かたく 間なんだ」と頑なに自分のイメージに こだわる人です。高齢男性に多いので すが、それまでの人生で積み上げてき た仕事や経歴にプライドを持っていて、 場に応じて変わることが難しい人は、 幸せそうに見えません。それに対して、 場面場面で柔らかに、自分の中の老若 男女を使い分けられるような人は、介 護する側も気持ちよくサポートでき、 本人もとても快適に暮らしているよう に見えます。最近の世の中では「ダイ バーシティ」の大切さが叫ばれていま

すが、自分一人の中にも「多様性」を 育てることが、生きづらさを解消する

うえでも役立つはずです。 人間関係の悩みへの対処法をお話し してきましたが、どんなに心を整えよ うと、時には乱れてしまうこともあり ます。そんなときに私が実践している のが、前ページ上で紹介している「ブ ツダの呼吸法」です。 人から嫌なこと を言われて心が揺らいだなと感じたら、

ぜひやってみてください。

 

他人に時間を奪われない!自分軸

で楽に生きる5つのヒント

1 前後際断

4 ブッダの呼吸法

生涯にわたって 話が起こるこ うした「自分の内面の表現」は、 るのではないでしょうか。 分の内面を表す言葉に出合うことにあ 読んだり、人と語り合ったりする中で、 きやすくなっていきます。 人間が本を だって学び続ける意義は、自 人間関係良好になって、結果的に

「今」だけに集中し、前後 (過去と未来) を考えない ように心がけて、心のバランスを保とう。 ブッダも 「過去を追うな、 未来を願うな」という教えを残し ている。

ブッダも行っていた仏教の瞑想方法の一つ、 「アーナバーナサティ」で心のバランスを整えよう。 様々なステップがあるが、簡単でおすすめなのは 「数を数えながら長く吐いて、短く吸う」という 吸法。

絵を描いたり、楽器を演奏したり、ダ

言葉でなくてもいいのかもしれません。

2 自分に集中

(やり方)

「イチ」(長く吐く) 短く吸う「」(長く 吐く短く吸う (繰り返し)

他人と比較するから、悩みが生まれる。 自分が何 をなすべきかに意識を集中させよう。 仏教の最初 期の経典「ダンマパダ」 には、「他人のしたことと、 しなかったことを見るな。 ただ自分のしたことと しなかったことだけを見よ」というブッダの教えが 記されている。

5 言葉の成熟

は今より

のですが、それが狙いで その結果、さらに気を遣うようになる どう振る舞えばいいかわかりません。 なると、周りの人はその人物に対して よかったのに、今日は機嫌が悪い」と す。「昨日は同じことをしても機嫌が いう「基準」を、あえて不明確にしま

他人を気にしないようにするには、そもそも衝突 を防ぐことも大切。 人とわかり合えるようになるた めに、本を読んだり語り合ったりして、自分の気持 ちを表現する語彙を増やそう。

3 縁起の実践、 空の実践

できたわけです。そう考えると、今、 間はこれだけ文明を発展させることが 思考できるようになったからこそ、人 そんなふうに今この瞬間以外の時間を りすることができるようになりました。 に思いを馳せたり、過去を振り返った 認知能力を発展させる中で、遠い未来 なんて考えませんよね。人間だけか

O

趣味のサークルや地域のつながりなど、 自分の 所属をたくさん作ろう (縁起の実践)。 多様な自分 が育まれ、柔軟に生きられるようになる。どうして も合わないコミュニティには、執着せずに離れて もよい (空の実践)。